何から書けばいいのか?
何を伝えたいのか?
自問自答のままに、気が付けばこんなにも時間が過ぎていた。

そこは北海道の内水面に於ける遊漁事情の中でも理想像とさえ言える川だと、釣り人の一番端くれにいるボクでさえ声を大にして叫びたい、そんな川。
キレイな水が流れて、沢山の魚がいて、志の高い位置にベストな状況を設定し、それに向けて懸命に動き続ける川守り達がいる。
今の北海道にこんなにも尽力を惜しまないプライベーター達が他にいるだろうか?

突然訪れたボクラにも分け隔てなくチャンスは巡り、川守り達が育んだ魚がフライを咥える・・・・
こんなちっぽけな国の中で、こんな幸せが他にどれだけある?
釣れる魚に大きさがどうとか、コンデションがどうだとか、そんな物理的な欲などほんの10年も待っていればいずれは変わる。どだい、お客さんでしかない余所者が口で言うより、地元の川守りたちはちゃ~んとその先を見つめているんだから。
-渚滑川-
間違いなく先細りでしかない北海道内水面事情を鑑みたとき、この川の存在意義が大きく今後を左右するものになるとボクは思っている。
余暇を楽しむのに、映画を見ればお金が掛かる。
遊園地に行っても動物園にいってもお金は掛かる。
パチンコ・競馬・スポーツジム・果ては海水浴場まで有料の場所があるくらい。
しかしてそれは、至極当然の機材や場所・空間・時間の“使用料”に他ならない。
なぜならそこには保有者や管理者に経費が発生するからである。
コレをロハで出来る(使える)なら、客は大喜びだが一瞬にして施設は倒産・閉鎖になるだろう。
こんなこたとはボクが一々言わんでも解りきった事。
では、なんで釣り(内水面で)をするのにお金は掛からないのか?
ネイティブだから?再生産しているから?イワナっこは石から生まれると本気で信じているから???
でもご存知ですか?渚滑川には多大な経費が掛かっているんです。
もしかしたら真っ先にライセンス制を取り入れて遊漁料を徴収しても良いのではないのか?
それで今よりももっと良い状態へ移行できるのなら、金額の大小に係わらずお金を払った協力者としても、誇りに思えるのではないだろうか?
もしお金を支払うことに拒絶反応を覚えるならば、無法地帯と化した争奪戦に身を置いて、熾烈な川にでも行けばよい。
サクラのカッパライ、サケのカッパライ、渓流魚の親魚・稚魚無差別殺戮の中で明日を見ることなく、他人を出し抜くことに心血を注ぐ釣りに没頭すればよい。

ボクは今年も彼らの恩恵に与ることで、このポイントで2年連続の楽しいライズの釣りが出来た。
河川利用者の理想像とは十人十色だけれど、少なくともボクラは目一杯の秋の休日を堪能させてもらった。
手ぶらで訪れたことが恥ずかしくなるくらいにね・・・・・
おい、この川に唾を吐くヤツラよ、そこまで言うのなら自分らで自分らの理想形を造り上げ、彼等と同じ苦労と同じ努力を持ってして、彼等と対等な位置に着いてから喋るこった。
じゃなかったらそれは便所のラクガキていどのもんでしかないし、ガキが妬んでやっかんでいるようにしか見えないんだよ。
だからもう、みっともない真似はよしてくれ・・・・・
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