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今年もたくさんの人に支えられ、とても楽しい一年を送ることが出来ました。
様々な土地に訪れ、そしてたくさんの川を釣り歩いた一年でもあります!
時間が無くて、行きたい所ややりたいことの半分もできなかったのですが、それでもそれなりに充実していたと思います。

そして何より、皆さんのご協力のお陰でブラウントラウトが根絶されることも無く、なんとか形になった結果が出来てくれたことに深く感謝致します!

まだまだ諸問題は山積していますが、ひとまずはボクの役目も終わりに近づいたと思っています。

さて、このくだらないエントリーの連続だった『川日記』も、これで今年度は最終章となりました。
コメントを下さった皆様、本当に有難う御座いました!

来年度の『川日記・2009 始動』までは、パンチ嫁父(パンチパーマ愛好者)の酒浸りの正月を乗り越えてからの開始となります。

・・・・非常に危険な山場です(涙)

来年度は、もう少しまともなエントリーをUPできますよう精進してまいりますので、皆様からのアツイコメントをお待ちしています!

また、道南界隈の釣り場で“サンバイザー”を被っている若造が居ましたら、恐らくはボクだと思いますので、その際にはぜひともお声を掛けてくださいまし!!

それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。
本当に有難う御座いました!!

ビッグライズリング!!


・・・・・来年は、こんなデカイライズの主を釣りたいものです(涙)










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お墓参りを済ませ、何か自分の中で納得した気分になり、凡そ普段の生活からは辿り着くはずのない接点が見付かった充実感に浸りながら、新潟市内への帰路に着こうと車に乗り込む。
そんなタイミングで、住職から声が掛かる。

「KABUさん、最後にKABUさんらの街を見学して行こうじゃないか」

迷うものなど何も無い。
ボクの代々繋がってきた家系の全てが築かれた場所だ。
これは、ぜひとも見ておかなければならなかった。

住職が走り抜ける道路は、車一台がやっとといった幅しかなく非常識なほど狭い道なのだが、ボクが幼い頃に度々暮らしていた祖父母の街の風景とまったく一緒で、懐かしさがこみ上げてくる。

昔のメインストリート・・・

向こう三軒両隣が親戚のようなもので、「作りすぎたから」と、夕飯のおかずを配り歩いたり頂いたり・・・・
そんな祖父母の街の雰囲気が未だに残る街並みだ。

「ここですよ」
車を停めた住職が、驚いたことを語りだした。

KABUの集落跡地

「ここいら辺は、みんなKABUだったんです」
「そうですね・・・、40件くらいはあったはずですよ」
「そうです、みんなKABUの姓です」
「結局は能登の町から流れてきて、そこからKABUの本家が出来た」
「その本家から分家が出来て、その分家からまた本家と分家が出来て・・・」
「まぁ、200年くらいの間にそれだけ広がったんでしょうなぁ」
「だからこの辺ではKABUの町名を木折町1区・2区と分けていたくらいです」
「いまでもその名残で、町名だけが残っとるんですよ」

まさか、ボクの一族とも言える血族がそれほどまでに多く居たとは思いもよらなかった。
話の内容ではその後、北海道に開拓民として国の政策で送り込まれ、そのまま全道散り々りになった家系や、着いた先でニシンやイカなどの豊富な海洋資源を糧に漁業を始めた家系(ボクの家系)、もう一方の関東方面(主に横浜)へ流れ、戦争でこれまた散り々りになってしまった家系と、3つの班に別れこの地を離れたのだという。

それぞれのグループには親戚や兄弟などの繋がりはあるらしいが、同じ出身地としてのKABUという繋がりはとうに消えているという。
まぁ、当たり前といえば当たり前なのだろう・・・・

小粋な看板発見!

いつまた訪れるかも分からないし、しかし必ず再び来なければとも思える中で、ノスタルジック漂うこの街の雰囲気が大好きになっていた。
幻想的な不思議な時間へと引き戻されるここの空気に、いつまでも触れていたいと強く思う・・・・

そしてこの「trip to the my roots」シリーズの最後に、今回ボクが感じた最も不思議な出来事を書き記しておきたい。
あまりに非現実的であり、非科学的な出来事だったので、ある種ファンタジーな空想だろうと言うことにして欲しいのだが・・・・



程よく酔っていた父親が、こんなことを言っていたっけ・・・・
「父さん子供の頃な、1度だけ出雲崎に行ったんだ」
「爺さんの実家ってのは海に向かって細長い造りの家でな、一番奥の部屋の床が扉になっているんだ」
「そこを開けると階段が付いてて、波打ち際まで一直線だったよ」

そう言って父親が笑っていたことを思い出していたときだった。
「キャー」とも「ワー」ともつかない子供たちの歓声が右の耳だけに聞こえてきた。
「アレ?」「耳が変だ???」と思い歓声の方へ振り向いたのだが、子供らの姿は無い。
聞こえて来た先には狭い小路地が抜けているだけ・・・・
不審に思いその路地を覗き込んだら、湿気の強い生温い風が吹き抜けていた。
しかしそのときボクははっきりと、3~4人くらいの子供達が、真夏の海へ駆け出して行く姿を感じることが出来た。
おぼろげだが、裸足でかけていくクリクリ頭の子供等の一人が僕に向かって振り向き、「ニッコリ」と微笑んだような気がする。

「泳ぎにいくのかい?」
「気を付けなよ、直ぐに暗くなるからね」

そんな会話を交わしたような、ただただ彼等を見送っていたような、ハッキリとしない意識の中で「またね!!」と返事が帰ってきた気がする。

それは僅か2~3秒の出来事だったのだろう、住職の声で「ハッ」と我に返ると、寒々しい季節の中で灰色の海の向こう側に佐渡島が見えていた。

あの頃、ボクの先祖達が見続けてきた佐渡島が、今も変わらずに見えていた・・・・

佐渡島まで見えた路地で・・・・


とても感慨深いお話を語ってくれた住職が、不意に窓の外を眺めて
「KABUさん、雨が止んだようだ。」
「曾お爺さん達に会いに行こうか。」
そう言うと、僕をお墓のある場所まで案内してくれた。

雑木林を抜けると、古びたお墓がいくつか立ち並んでいる。
どれもこれもとても古く、傾き、崩壊寸前のものさえある。

「コチラがアンタさんのご先祖さんだ」

招かれてみた先には、苔むして相当な歳月が経っていることが一目で解る墓石があった。
事前の電話では、墓場その物が古いため、かなり損傷の酷いお墓があること、いったい誰のお墓であるのかすら解らない物さえある事等を聞いていたため、ちゃんとしたお墓としてその場に建っていてくれただけで、なぜだろう感謝とも感激とも寂しさとも付かない不思議な感情に包み込まれた。

KABU家発祥の地にて、墓前に立つ

「KABUさん、向こうをごらんなさい」
「日本海が一望できて、向かいの佐渡島がハッキリと見えるでしょう?」
「その昔は、ここが一等地だったんですよ」
「だがね、この土地は物流が相当悪い土地だった」
「だから昔の人は墓石を買うことも出来なかったんです」
「それで、あの海から大きな石を拾ってきては墓石の代わりにしたんです」
「どうです?あちこちに苔がついてるでしょう?」
「これがこの土地の漁師の墓なんですよ・・・・・」

墓石に刻まれた明治三十三年七月二仁左衛門の文字に、ボクの祖々々々父がこの地で懸命に生きていた証があった。
見たこともないボクの先祖が、ボクをこの世に存在させた確固たる血がそこにはあった。

仁左衛門爺ちゃん

そっと墓石に触れたとき、そこに繰り広げられていた生活史がボクの脳裏に浮かび上がる。
それはまるで、自分の幼少期にここで過ごしていたかのように鮮明で、しかし、あくまで空想でしかない不思議な世界・・・・・

ボロボロの浴衣のような格好で棒切れを振り回し、大人たちが働いている姿を見つめている子供達・・・・・
真っ白な砂浜で、今にも壊れてしまいそうな船を大事に直す男達・・・・・
薄暗い家の土間で所狭しと動いては、夕飯を作る女性達・・・・・

そんな時代の中で、ボクの先祖達は何に幸せを見出し、何を歓びとして暮らしていたのか。
つつましくも全てが必死だった彼等の生活・・・・

今のボクに出来ることは、お花を添えてひたすら感謝の気持ちを伝えるしかない。
こんなデキの悪いボクが生まれ育ってしまったことに少しだけ恥ずかしさを感じながら、墓前で静かに手を合わせた。
傍らでは住職がお経を唱えてくれている。

突然やってきた数十年ぶりの訪問者として、曾々々々孫に、仁左衛門ジィちゃんもビックリしたことだろうが、それでもきっと喜んでいることだろう・・・・

細い石畳の小道を上がると、大きなイチョウの木がボクを出迎えてくれた。

この坂の上に・・・・

立派な本堂に繋ぐ長い渡り廊下の奥から、
「あなたKABUさんかい?」
「やぁ、よくいらっしゃってくれました。」
と、優しい笑顔で住職が顔を出す。
訪れる人もまばらなお寺で、見知らぬ客を温かく迎えてくれることに少なからず安心したボクは、小さな囲炉裏を前にKABUの祖先にあたる人物などのお話を伺ってみた。

伊勢町

ここは、新潟県出雲崎町伊勢町の外れ。
凡そ、数百人ほどの小さな漁村は、目の前に広がる日本海と急勾配の山並みにはさまれた、ありきたりの細長い街。
街を吹き抜ける風はどこか冷たく、道路を歩く人もまばらで、高齢化と過疎化が見て取れるほど寂しい街だ。

少し肌寒いお寺の中で、小さな囲炉裏がパチパチと炎を揺らしている。
住職がポツリポツリとこのKABUの一族にまつわる古い話を語ってくれた。

一番記憶に古いのは仁左衛門という人物で、この町で手広く漁業を営んでいたという。
漁船も数隻あり、多数の若い漁師達を束ねていて、今で言う“網元”だったらしいのだ。
もちろんその時代では、整備された道路や自動車などはあるはずもなく、手押しリヤカーにより資材を運び鮮魚を運搬していたという。

出雲崎の海

そもそもKABUの末裔とは、どこから来たのか?
元々が漁業者としてこの世に根付いていたのか?
そんなボクからの疑問に深くうなずく様な仕草で、住職は語りだした。

「戦国時代から安土桃山時代にかけて、世に多大な影響を残した武将織田信長の時代(1550年代)にまで遡るのだが、そこでの宗教対立(禅宗vs門徒)により合戦に破れ、遠く石川県の能登からこの出雲崎まで流れてきたのだ。」と言う。
また、「そもそも苗字があり〇〇左衛門や〇〇之介などの名前が付けられている場合、武士の家系であることが多く、農家や漁師、家主の使用人などには一般的に苗字は無かった」とも付け加えてくれた。

「いいかい?KABUさん」
「武士が戦いに敗れて、逃げ延びた先々で山賊なんかに成り下がっちまうヤツらがたくさん居た中で、アンタのご先祖さんは立派に自分等の家系を守ったんだ」
「自分等の“KABU”って血を、今の今まで受け継いできたんだよ」
「決して楽に生き延びてたワケじゃない」
「それでも血を絶やさぬってことが、今のアンタが生きていれるってことなのサ」
「だから自分のルーツを探るってことは、時にご先祖さんの苦労を知り、感謝するってことなんじゃないのかい?」

囲炉裏の中で揺らめく炎を見つめながら、興味本位だけではないにしろ、何かドラマチックな物語を期待していた自分を見透かされたようで、ボクは深く頭を下げることしかできずにいた。

外の土砂降りが幾分弱まりをみせるように、雨音が止んでいた。
静かな雨上がりの午後だった・・・・・








北海道新聞朝刊の『やまがら日誌』というコーナーがあります。
12月9日の記事では、-見えない「川の将来像」-と題されて、道南のブラウントラウトに於ける検討協議会のことについて触れられていました。
そこで、一部を抜粋いたします。



森町の鳥崎川で六日始まった外来魚ブラウントラウト対策についての現地検討協議会。 北斗市の戸切地川の時と同様、部分駆除する方向で一致し、その範囲を漁業関係者とブラウン釣り愛好家で話し合うことになった。 しかし、議論が両者の利害調整にとどまった点は肩すかしだった。 「在来魚の生息環境と外来魚の問題をどう考えるのか。その議論なくして、サケ稚魚の食害防止のためのブラウン駆除を論じるのは『木を見て森を見ず』ではないか」 取材で、こんな趣旨の意見を何度も聞いた。 肝心の在来種の生息環境改善や生態系保全について、議論が深まることはなかった。 ブラウンを通じて、川の将来の姿を語り合う機会を逸してしまった気がしてならない。

と書かれていました。

・・・・・「はぁ?」
ですね。
もう言葉もありません(呆)

「利害調整でとどまった」と言われてる協議後の決定事項の中には、「在来魚復活の道筋として、まず下流域の孵化場堰堤下に溜まるサクラマスは上流部に上げ、且つ魚道設置の要望を道・増協・市・釣り人が一体となり精力的に行う。」と言う文言があり、在来魚種の復元・増殖(間接的)の意味が含まれているんですけど?
次いで、「在来魚の生息環境と外来魚の問題をどう考えるのか」って部分ですが、だからゾーニングと言う結論に達したんですよ?
なんだか書かれ方が、セイタイケイですとかカセンカンキョウって観点から前面駆除へ導こうとしているようにも受け取れるのはボクだけですかね?

モノには順序ってもんがあるでしょ?
まず、僅か2時間チョイの時間でブラウンをどう扱うのか?って話し合いであって、それから現状を見極めての環境を変えていく話し合いになるのが筋だとボクは思うんです。
でなければ、いきなり「人工的魚のサケ・サクラマスも外来魚のブラウンもニジマスも全て取り除いて環境を整えましょう」って極論になっちゃいますもの。

何でもかんでも役人と話し合うときゃ、矢継ぎ早に問題ぶつけりゃイイってことでもなかろうよ。

また、「肝心の在来種の生息環境改善や生態系保全について、議論が深まることはなかった」だなんて言い切ってますけどさぁ、鳥崎川は3度も山頂付近の鉱山から鉱毒が流失して精進川になった経緯があるんだよね。
2度ならずも3度も生物が死滅した川なんよ。
オマケに、源流部のイワナだって、釣り人有志等が放流したんだよ?
それでこの川で生態系をどうしようたってねぇ・・・・(汗)

コレ、誰々の方に取材したんですかねぇ?
協議会の場に居て釣り人らの真意を読み取り、河川の歴史を踏まえれば、決してあんな書き方にはならんだろうに・・・・
これじゃ一体どっちが「木を見て森を見ず」って言えるんだ?
いい加減、疲れるよ。。。






昨日、「鳥崎川におけるブラウントラウト現地検討協議会」が行われましたので、内容を大まかに説明致します。

今回も戸切地川の時と同様に、様々なスライドを見せ付けられ、特例とも言える事例や、駆除がほぼ完結しつつある状態の静狩川の生息密度数値と現在の鳥崎川の生息密度数値を比べ、「鳥崎川には非常に多く生息している!」などと、ブラウン駆除へ向けてあからさまに漁業者感情を煽り立てる一抹もありました。

また、鳥崎川の畔に住んでいる「地権者」の方々が、「そんなにサケを増やしたいなら堰堤を改善しなければ!」ですとか「魚道が機能していない!!」と声を荒げる一面もあったのですが、冷静に聞いていると、確かに最もな意見でもあります。
サケやサクラマス“だけ”を増やそうと漁業者サイドは声を張り上げますが、だったら河川の生産性を上げる方法を探した方がブラウンを駆除するよりも遥かに建設的だとボクも思うのです。

話がそれました(汗)

取り急ぎ、今回の協議会できまった内容を記します。


真摯な話し合いの場でありたいですね

協議の結果、全面駆除は回避したものの、「砂防堰堤の下から河口までを駆除、砂防堰堤から上流を遊漁として利用できないか?」と主張する遊漁者側。
しかし、「サクラマスの稚魚放流地点である駒ケ岳ダム下から河口までを駆除」と言う漁業組合長と折り合いが付かず、次回、「事務レベルで行う代表者会議にて取り決めよう」との意見が出されました。
また、サケマス増協からは「そこへ地元の漁業者も加えて」との意見や、道南の川を考える会からは「地元商工観光課も加えて」との進言も重なり、今後は4者間での協議に持ち越されることになりました。
そして、鳥崎川の砂防堰堤に設置されている魚道の整備などについての意見に対しても道の方は、「それらを担当する者へ直接意見を伝えておく」とのことでした。

今後の実務者会議の予定などは決まっていませんが、一つの方向性が導き出せたところで時間となり、閉会となりました。
ご多忙中にも拘らず、遠方からもご参加していただきました皆様、また様々な立場により発言できなくとも会場まで足を運んで頂きました皆様、本当にお疲れ様でした。
これからの釣り場を憂うお気持ちがひしひしと感じ取れた気がします。
本当に有難う御座います!!



翌日のボクは、なぜか鳥崎川に行きたくってどうしようもなくなり、楽しみにしていた予定を変更してまで訪れてみた。

鳥崎川の雪化粧

もちろん劇的に変わった物など何も無いし、魚の姿を見るのさえ難しい時期でもある。
それでも川へ向かう道中のボクは、とても上機嫌だった。
厚着の上にウェーダーを穿き、ブクブクに膨れ上がった体で川を歩く。
不意にインジケーターが視界から消え、ニンフを咥えたブラウンが目の前で派手な跳躍を見せてくれた。

ビューティー・ブラウン

魚の長さや重さなんてどうでもよかった。
こんなにも晴れ晴れとブラウンを釣ったのはいつ以来だろうか?
引け目も負い目も煩わしさも無い、本当にあっぱれとした気持ちだった。
心の中のどこかで成長を続けてきたあのドス黒い塊は、昨日で全て消え去ってしまったようだ。
同じようなサイズの鱒をもう1匹釣り上げ、体の芯まで癒されたボクは、この日明るい内から竿をたたんだ。


「川日記」、そろそろボクの役目も終わりに近づいたのかもしれない・・・・・









-鳥崎川川におけるブラウントラウト現地検討協議会-

1 開催日時:平成20年12月6日(土)午後3時
2 開催場所:森町字御幸町132 森町公民館大会議室
3 内 容
  ・北海道における外来魚の状況
  ・鳥崎川におけるさけます増殖事業の概要
  ・鳥崎川における調査結果概要
  ・意見交換等
4 参集範囲
    渡島支庁管内各漁協、市町村、社団法人渡島さけます増殖事業協会、
    渡島支庁管内遊漁団体及び遊漁者
    水産林務部、水産孵化場、渡島支庁
5 参加申込
  (1)申込先1:水産林務部水産局漁業管理課遊漁内水面振興グループ
        TEL:011-204-5485 Fax:011-232-8972
        Eメール:suirin.gyokan1@pref.hokkaido.lg.jp

     申込先2:渡島支庁産業振興部水産課
        TEL:0138-47-9484 Fax:0138-47-9210
  (2)申込期日:平成20年12月3日(水)  別添「参加申し込み」により提出願います。

6 問い合わせ先
  ・札幌市中央区北3条西6丁目 北海道庁水産林務部水産局
   漁業管理課遊漁内水面振興グループ 主査(内水面振興)木村
   TEL:011‐231‐4111(内線)28‐415  直通:011‐203‐5485



となっています!
僕らのホームリバーの将来が掛かっています!
ギョウカイなんか期待できない今、一人一人の釣り人の力が必要な時が来ました!!
鳥崎川のブラウントラウトにお世話になった釣り人は、ボクだけではないハズです!
世間体よろしく、風見鶏的な能書きにはウンザリです!
爆釣情報だけを必要とし、危機的な釣り場には背を向けての知らん顔では、釣り人としての信用を落とすだけです!

どうか、一人でも多くの参加をお待ちしています!
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KABU

Author:KABU
birth:1971-Feb
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